
2022年12月14日
2022年12月13日校外学習・彦根城
元々予定されていた11月22日が先生のご都合で延期され、12月13日になりました。
前夜の激しい雨で心配しましたが、朝には小止みになり午後には雨が上がって、良い校外学習の日になりました。
小雨の中、集合場所二の丸駐車場前に予定時間に集まり、先生から当時の予定についての話があり、授業が始まりました。

昭和に再建され能舞台だけが当時のものである表御殿をみて、天主に向かいました。

これから先建物の中は土足禁止なので、ここで土足入れの袋を頂きました。

この登り坂は、これまでの安土城、小谷城に比べると緩やかですが、かなりきつい坂でした。

「彦根城は山城、平山城、平城か?」先生のこの辺りでの質問でした。

天秤櫓の前にある橋は元の「尾根を切って造った巨大な堀切であり、山城」とのことでした。
先生の説明は「いかにして攻め寄せた敵を倒すか」の視点でされ、彦根城がこれまでと違って見えてきました。
天秤櫓の中に入り、外からは見えない隠し射間については、外見上に配慮して天守同様外から見えないようにしたとの見方をされました。
ここで興味深かったのは天秤櫓の鬼瓦の紋が井伊家のものとそうでないものが複数あるところ。【井伊井桁紋』と【上り藤の紋】が見えました。 上り藤の紋はどの武将の紋なのかわからないそうです。


次いで太鼓櫓ですが、太鼓の音が向かう方向を考えると、使用目的が分からないとのことでした。

いよいよ天主です。 ひこちゃんも待っていましたが、師走の紅葉にも惹かれました。

天主は60度を超える急な階段で繋がれ、より速く動けるように周りを廊下とし、万一の時に備えていましたが、通常は誰も住んでいなかったとのことで、歴代藩主の甲冑が並んでいたとか。
天主の後は黒門の方へ。 水源との話、守りの話をシッカリ聞きました。

このような石垣を見ると、山城との感を強くします。

昼食は城外に出て、つる亀庵でした。 伊吹在来種の新そばを使った天ぷらそばで美味しくいただきました。

先生の午後の予定を説明を聞いています。

佐和口が彦根城の正門になった理由、櫓門の跡等の話を聞きました。

現在も一部残されている外堀です。

350石の旧鈴木屋敷長屋門で説明を受けました。

本来の正門である京橋口から中堀を渡り、鏡石を確認。

六千石の旧西郷屋敷では藩主と同様長屋門が厩としても使われ、門も大きなものでした。

大手門橋で内堀を渡り再び城内へ

はっきりとわかる登り石垣の確認をしました。 起源は秀吉の朝鮮出兵の時に築城したお城にあるとのことでした。 彦根城築城にも朝鮮出兵に関係していた武将がいたとのこと。

先生の説明も分かりやすく良い校外授業になりました。

最後に集合写真です。

西田琴子さんの写真を使わせていただきました。 ありがとうございます。
前夜の激しい雨で心配しましたが、朝には小止みになり午後には雨が上がって、良い校外学習の日になりました。
小雨の中、集合場所二の丸駐車場前に予定時間に集まり、先生から当時の予定についての話があり、授業が始まりました。
昭和に再建され能舞台だけが当時のものである表御殿をみて、天主に向かいました。
これから先建物の中は土足禁止なので、ここで土足入れの袋を頂きました。
この登り坂は、これまでの安土城、小谷城に比べると緩やかですが、かなりきつい坂でした。
「彦根城は山城、平山城、平城か?」先生のこの辺りでの質問でした。
天秤櫓の前にある橋は元の「尾根を切って造った巨大な堀切であり、山城」とのことでした。
先生の説明は「いかにして攻め寄せた敵を倒すか」の視点でされ、彦根城がこれまでと違って見えてきました。
天秤櫓の中に入り、外からは見えない隠し射間については、外見上に配慮して天守同様外から見えないようにしたとの見方をされました。
ここで興味深かったのは天秤櫓の鬼瓦の紋が井伊家のものとそうでないものが複数あるところ。【井伊井桁紋』と【上り藤の紋】が見えました。 上り藤の紋はどの武将の紋なのかわからないそうです。
次いで太鼓櫓ですが、太鼓の音が向かう方向を考えると、使用目的が分からないとのことでした。
いよいよ天主です。 ひこちゃんも待っていましたが、師走の紅葉にも惹かれました。
天主は60度を超える急な階段で繋がれ、より速く動けるように周りを廊下とし、万一の時に備えていましたが、通常は誰も住んでいなかったとのことで、歴代藩主の甲冑が並んでいたとか。
天主の後は黒門の方へ。 水源との話、守りの話をシッカリ聞きました。
このような石垣を見ると、山城との感を強くします。
昼食は城外に出て、つる亀庵でした。 伊吹在来種の新そばを使った天ぷらそばで美味しくいただきました。

先生の午後の予定を説明を聞いています。
佐和口が彦根城の正門になった理由、櫓門の跡等の話を聞きました。
現在も一部残されている外堀です。
350石の旧鈴木屋敷長屋門で説明を受けました。
本来の正門である京橋口から中堀を渡り、鏡石を確認。
六千石の旧西郷屋敷では藩主と同様長屋門が厩としても使われ、門も大きなものでした。
大手門橋で内堀を渡り再び城内へ
はっきりとわかる登り石垣の確認をしました。 起源は秀吉の朝鮮出兵の時に築城したお城にあるとのことでした。 彦根城築城にも朝鮮出兵に関係していた武将がいたとのこと。
先生の説明も分かりやすく良い校外授業になりました。
最後に集合写真です。
西田琴子さんの写真を使わせていただきました。 ありがとうございます。
文責 山本 眞
2022年12月11日
2022年12月6日師走の伏見歴史散策&酒蔵見学
朝は寒かったですが、天候にも恵まれ、伏見散策を楽しみ、昼食をカッパカントリーで頂きました。
集合場所:近鉄桃山御陵駅改札口
集合時間:12月6日10時
コース:近鉄桃山御陵駅➡御香宮➡魚三楼➡長建寺➡寺田屋➡坂本龍馬避難の材木小屋跡➡伏水蔵⇒バス⇒カッパカントリー(昼食)解散
予定通り、近鉄桃山御陵前駅に集合しました。

最初は歴史のある神功皇后をお祀りした御香宮です。

幕末の鳥羽伏見の戦いで新政府軍が拠点とし、目の前にあった伏見奉行所の拠点とした幕府軍と対峙しました。
参拝の後、集合写真です。

この後、鳥羽伏見の戦いでの弾痕が残っていますが、料亭を営んでいる魚三楼へ。 意外と多くある弾痕を確認しました。

伏見はお酒で有名であり、酒蔵が立ち並んでいました。 大倉酒造の酒蔵(大倉記念館)の外観です。

さらに南下し、濠にかかる弁天橋からみた十石舟(観光に使われている)です。

直ぐ左手には女性の為のお寺でもあった弁財長建寺です。

近くの公園で小休止をして、寺田屋へ。

今の寺田屋の建物は再建されたものだが、おかげで龍馬、お登勢関連の史跡も残り、龍馬が負傷して逃げたであろう川沿いも歩きたくもなります。
写真の左手が龍馬を助けに来た薩摩藩の船が通った川ですが、当日は紅葉の方に目が行ってしまいました。

龍馬が避難した材木小屋跡の碑です。

今度は西に向かって進むと松本酒造の建物が高瀬川に面していました。

チョット距離はありましたが、伏水蔵に到着です。

ここでは黄桜酒造の歴史、日本酒、地ビールへの思いが見学を通じて伝わってきました。 お土産に飲み比べセット等を買った人も何人かいました。

見学の終わりにビデオでおさらいです。

伏水蔵前で集合写真です。

黄桜酒造が準備されたバスでカッパカントリーへと向かいました。

カッパカントリーでやや遅めの昼食です。

ここで楽しい時を過ごし解散しましたが、一部の人はすぐ近くの油掛け地蔵(西願寺)に向かい、芭蕉の句碑も確認していました。
最後に今回のクラス活動を中心になって進められた西田宏さん、大村さん、佐々木さんに感謝です。
また、金子さん、高木さん、西田琴子さん、花澤さんの写真をつかせていただきました。 ありがとうございます。
集合場所:近鉄桃山御陵駅改札口
集合時間:12月6日10時
コース:近鉄桃山御陵駅➡御香宮➡魚三楼➡長建寺➡寺田屋➡坂本龍馬避難の材木小屋跡➡伏水蔵⇒バス⇒カッパカントリー(昼食)解散
予定通り、近鉄桃山御陵前駅に集合しました。
最初は歴史のある神功皇后をお祀りした御香宮です。
幕末の鳥羽伏見の戦いで新政府軍が拠点とし、目の前にあった伏見奉行所の拠点とした幕府軍と対峙しました。
参拝の後、集合写真です。
この後、鳥羽伏見の戦いでの弾痕が残っていますが、料亭を営んでいる魚三楼へ。 意外と多くある弾痕を確認しました。

伏見はお酒で有名であり、酒蔵が立ち並んでいました。 大倉酒造の酒蔵(大倉記念館)の外観です。
さらに南下し、濠にかかる弁天橋からみた十石舟(観光に使われている)です。
直ぐ左手には女性の為のお寺でもあった弁財長建寺です。

近くの公園で小休止をして、寺田屋へ。

今の寺田屋の建物は再建されたものだが、おかげで龍馬、お登勢関連の史跡も残り、龍馬が負傷して逃げたであろう川沿いも歩きたくもなります。
写真の左手が龍馬を助けに来た薩摩藩の船が通った川ですが、当日は紅葉の方に目が行ってしまいました。
龍馬が避難した材木小屋跡の碑です。
今度は西に向かって進むと松本酒造の建物が高瀬川に面していました。
チョット距離はありましたが、伏水蔵に到着です。

ここでは黄桜酒造の歴史、日本酒、地ビールへの思いが見学を通じて伝わってきました。 お土産に飲み比べセット等を買った人も何人かいました。
見学の終わりにビデオでおさらいです。

伏水蔵前で集合写真です。
黄桜酒造が準備されたバスでカッパカントリーへと向かいました。

カッパカントリーでやや遅めの昼食です。

ここで楽しい時を過ごし解散しましたが、一部の人はすぐ近くの油掛け地蔵(西願寺)に向かい、芭蕉の句碑も確認していました。
最後に今回のクラス活動を中心になって進められた西田宏さん、大村さん、佐々木さんに感謝です。
また、金子さん、高木さん、西田琴子さん、花澤さんの写真をつかせていただきました。 ありがとうございます。
文責 山本 眞
2022年12月02日
2022年12月2日基礎講座『井伊直弼-その人と生涯』、『健康にとっての睡眠の重要性』
午前
『井伊直弼-その人と生涯』

授業の前半は井伊直弼の生まれ育った環境から、彦根藩が置かれた立場を踏まえ、水戸藩士らに暗殺されるまでの、表の経緯を説明されましたが、随所に先生独自の思い・お考えが伝わってきました。
授業の後半ではあまり有名にはなってはいない、直弼の武道、茶道はじめとした文化人としての実績を語られました。
17歳から世子になる32歳まで住んだ埋木舎で修養した禅、居合を始め、国学、和歌を研究、能・狂言へも関心を持ち(茂山家はお抱え狂言師)、焼きものでは湖東焼に傾倒し、茶人としても一流に。
スライドで直弼作の書画、焼き物、見立てものを紹介されましたが、素晴らしいものだと思われました。
直弼の文化人としての業績をさらに知りたくなる授業でした。
午後
『健康にとっての睡眠の重要性』

スライドの写真等を撮ってはいけないの事で、今回登壇された事務局長の河南先生と三品先生の写真です。
最初河南先生が西川文化財団の設立趣旨を説明され、次いで三品先生が睡眠セミナーを担当されました。
2002年に睡眠学が創設され、2004年に日本で最初の睡眠学講座が滋賀医大にできたということから話に引き込まれました。
睡眠の重要性を足りないと起きる免疫低下を含む健康上の問題、十分あると免疫力向上する点を挙げ説明されました。
眠りのメカニズムについても説明され、規則正しい生活リズムの大切さを強調されました。 眠り誘うホルモンメラトニンは朝食を15時間で分泌され始めるとか。
最後に自社製品がある寝具についても説明され、敷き、まくら、掛けについても詳しく教えていただきました。
『井伊直弼-その人と生涯』
米原市柏原宿歴史館 館長 谷口 徹先生
授業の前半は井伊直弼の生まれ育った環境から、彦根藩が置かれた立場を踏まえ、水戸藩士らに暗殺されるまでの、表の経緯を説明されましたが、随所に先生独自の思い・お考えが伝わってきました。
授業の後半ではあまり有名にはなってはいない、直弼の武道、茶道はじめとした文化人としての実績を語られました。
17歳から世子になる32歳まで住んだ埋木舎で修養した禅、居合を始め、国学、和歌を研究、能・狂言へも関心を持ち(茂山家はお抱え狂言師)、焼きものでは湖東焼に傾倒し、茶人としても一流に。
スライドで直弼作の書画、焼き物、見立てものを紹介されましたが、素晴らしいものだと思われました。
直弼の文化人としての業績をさらに知りたくなる授業でした。
午後
『健康にとっての睡眠の重要性』
公益財団法人西川文化財団
スライドの写真等を撮ってはいけないの事で、今回登壇された事務局長の河南先生と三品先生の写真です。
最初河南先生が西川文化財団の設立趣旨を説明され、次いで三品先生が睡眠セミナーを担当されました。
2002年に睡眠学が創設され、2004年に日本で最初の睡眠学講座が滋賀医大にできたということから話に引き込まれました。
睡眠の重要性を足りないと起きる免疫低下を含む健康上の問題、十分あると免疫力向上する点を挙げ説明されました。
眠りのメカニズムについても説明され、規則正しい生活リズムの大切さを強調されました。 眠り誘うホルモンメラトニンは朝食を15時間で分泌され始めるとか。
最後に自社製品がある寝具についても説明され、敷き、まくら、掛けについても詳しく教えていただきました。
文責 山本 眞