
2023年08月31日
2023年8月29日まちづくり講座
グループ発表 学習の振り返り・まとめ 森川 稔 先生 介護実習室
本まちづくり講義は、計4日の授業で、今回が最後の授業となりました。前回は、まちづくりの企画をキーワード毎に7つにグループ分類しました。本日は、そのグループ毎に計画の企画立案を行いました。欠席者が多かったため、グループは6つに集約されました。

講師より、「まちづくり計画の企画立案」について、以下の手法が示されました。「問題点・課題を明らかにする→それを解決するために、どのように取り組むか→できれば具体的に→その内容」。これを受け、各グループは午後2時まで検討を進め、最後にその結果を模造紙に纏めました。

各グループは、真剣にまちづくりに取り組んだ力作でした。各グループが企画した計画案は以下の通りです。
1.自治会館に子供サロンを開設
2.エンジョイ(スポーツ×文化)大津
3.学区内における「ふれあいサロン」の設置
4.自治会における合意形成
5.地域の歴史と文化財を生かしたまちづくり
6.リメイクサロン





本授業の講師は、地元大津平野区のまちづくりや大津の町家の魅力向上に携わっておられます。身をもって活動された体験を踏まえての講義は説得力がありましたが、同時に難しさも知らされる「まちづくり講座」でした。
文責 山本 一男
本まちづくり講義は、計4日の授業で、今回が最後の授業となりました。前回は、まちづくりの企画をキーワード毎に7つにグループ分類しました。本日は、そのグループ毎に計画の企画立案を行いました。欠席者が多かったため、グループは6つに集約されました。

講師より、「まちづくり計画の企画立案」について、以下の手法が示されました。「問題点・課題を明らかにする→それを解決するために、どのように取り組むか→できれば具体的に→その内容」。これを受け、各グループは午後2時まで検討を進め、最後にその結果を模造紙に纏めました。

各グループは、真剣にまちづくりに取り組んだ力作でした。各グループが企画した計画案は以下の通りです。
1.自治会館に子供サロンを開設
2.エンジョイ(スポーツ×文化)大津
3.学区内における「ふれあいサロン」の設置
4.自治会における合意形成
5.地域の歴史と文化財を生かしたまちづくり
6.リメイクサロン




本授業の講師は、地元大津平野区のまちづくりや大津の町家の魅力向上に携わっておられます。身をもって活動された体験を踏まえての講義は説得力がありましたが、同時に難しさも知らされる「まちづくり講座」でした。
文責 山本 一男
2023年08月26日
2023年8月25日基礎講座「近江と徳川家康との深い関係~大河ドラマ「どうする家康」に寄せて~」(午前講義)
「近江と徳川家康との深い関係~大河ドラマ「どうする家康」に寄せて~」
長浜市曳山博物館館長 太田浩司 先生
レイカディア大学43期生(2年生)にとっては最終の基礎講座の日となりました。午前中は太田先生による徳川家康のお話でした。以前、基礎講座で先生の講義を受けたことがありましたが、ご病気されたそうで、本日はマスクをしたまま、また、質疑応答もなしということでお話を始められました。
お話は徳川家康の近江への関わりを、大河ドラマ「どうする家康」の内容と関連させて、家康の人生において天下取りまでの節目となった事件について紹介していただきました。しかし、ドラマでは先生のお考えや史実とは異なる描写がなされており、仕事上見るけれど、ご自分の精神衛生には悪いとおっしゃっておりました。また、75年の家康の生涯を2時間の講義で話すのは難しいとのことでしたが、ここではさらに要約して講義の内容をお伝えします。

1.越前敦賀攻め: 織田信長による朝倉攻めで、浅井長政の離反による撤退戦「金ヶ崎の退き口」で有名な戦いです。この撤退戦では、織田信長は、木下秀吉、明智光秀らを殿に残して、朽木谷を経由して京都にまで逃げ帰っています。しかし、徳川家康は信長の退却を知らされず置き去りにされ、近江ではありませんが三方ヶ原の戦いと同程度に非常に危険な状況に追い込まれました。家康の行動については史料がなく、おそらく信長と同様に朽木谷経由で一度京都に戻っていると思われますが、どのようにして本国の三河まで帰ったのか不明のままです。
2.姉川合戦: 通説では、浅井・朝倉軍と織田・徳川軍の姉川を挟んでの全面衝突と考えられています。
しかし、先生は、姉川合戦では「奇襲説」の立場をとっておられ、戦いは横山城の包囲の最後尾(最北端)にいた織田信長本陣を、まず、浅井軍が姉川を南に渡り奇襲します。それを見ていた朝倉軍は(奇襲は不成功と判断して?)早々に退却したことから、徳川軍は姉川北岸の「千人斬りの岡」「血原」付近で追撃戦を行ったとお考えでした。徳川軍の活躍を誇張するためと考えられますが、江戸時代には、全面衝突し徳川軍が織田軍を助けたようなストーリーの軍記物が創出されています。
3.神君伊賀越え: ①本能寺の変後、家康としては信長が徹底的に殲滅した伊賀はなるべく通りたくなかったこと、②一般には伊賀者が家康を案内したと言われていますが、関連する家康による古文書が残るのは甲賀者の家のみであること、③本能寺の変の前においては甲賀者の方が伊賀者より家康に近く、伊賀者で繋がりがあったのは服部氏と柘植氏くらいという状況証拠があります。伊賀国を通過したのは4日の逃避行のうち長くて半日程度で、「決死の」逃避行ではなく、実質「甲賀越え」したと推測されていました。「伊賀越え」の話は、服部半蔵の下で組織された伊賀同心の由緒を飾るため創作されたものと考えておられました。
4.関ヶ原の戦後処理: 本日の時点では大河ドラマ「どうする家康」の終わりはわからないが、大阪夏の陣まで描かないかもしれないと前置きされて、講義は関ヶ原の所で終わりました。
家康にとって関ヶ原の戦い自体も大きな節目ですが、9月15日の合戦勝利以降、美濃国・近江国や機内の混乱防止のため、乱暴狼藉を禁止する多くの禁制を発出し、9月20日からは大津城で6泊して捕縛した石田三成と面会等、戦後処理を行い、家康は天下掌握への道を歩んでゆきました。 以上

文責 岡島 敏広
長浜市曳山博物館館長 太田浩司 先生
レイカディア大学43期生(2年生)にとっては最終の基礎講座の日となりました。午前中は太田先生による徳川家康のお話でした。以前、基礎講座で先生の講義を受けたことがありましたが、ご病気されたそうで、本日はマスクをしたまま、また、質疑応答もなしということでお話を始められました。
お話は徳川家康の近江への関わりを、大河ドラマ「どうする家康」の内容と関連させて、家康の人生において天下取りまでの節目となった事件について紹介していただきました。しかし、ドラマでは先生のお考えや史実とは異なる描写がなされており、仕事上見るけれど、ご自分の精神衛生には悪いとおっしゃっておりました。また、75年の家康の生涯を2時間の講義で話すのは難しいとのことでしたが、ここではさらに要約して講義の内容をお伝えします。

1.越前敦賀攻め: 織田信長による朝倉攻めで、浅井長政の離反による撤退戦「金ヶ崎の退き口」で有名な戦いです。この撤退戦では、織田信長は、木下秀吉、明智光秀らを殿に残して、朽木谷を経由して京都にまで逃げ帰っています。しかし、徳川家康は信長の退却を知らされず置き去りにされ、近江ではありませんが三方ヶ原の戦いと同程度に非常に危険な状況に追い込まれました。家康の行動については史料がなく、おそらく信長と同様に朽木谷経由で一度京都に戻っていると思われますが、どのようにして本国の三河まで帰ったのか不明のままです。
2.姉川合戦: 通説では、浅井・朝倉軍と織田・徳川軍の姉川を挟んでの全面衝突と考えられています。
しかし、先生は、姉川合戦では「奇襲説」の立場をとっておられ、戦いは横山城の包囲の最後尾(最北端)にいた織田信長本陣を、まず、浅井軍が姉川を南に渡り奇襲します。それを見ていた朝倉軍は(奇襲は不成功と判断して?)早々に退却したことから、徳川軍は姉川北岸の「千人斬りの岡」「血原」付近で追撃戦を行ったとお考えでした。徳川軍の活躍を誇張するためと考えられますが、江戸時代には、全面衝突し徳川軍が織田軍を助けたようなストーリーの軍記物が創出されています。
3.神君伊賀越え: ①本能寺の変後、家康としては信長が徹底的に殲滅した伊賀はなるべく通りたくなかったこと、②一般には伊賀者が家康を案内したと言われていますが、関連する家康による古文書が残るのは甲賀者の家のみであること、③本能寺の変の前においては甲賀者の方が伊賀者より家康に近く、伊賀者で繋がりがあったのは服部氏と柘植氏くらいという状況証拠があります。伊賀国を通過したのは4日の逃避行のうち長くて半日程度で、「決死の」逃避行ではなく、実質「甲賀越え」したと推測されていました。「伊賀越え」の話は、服部半蔵の下で組織された伊賀同心の由緒を飾るため創作されたものと考えておられました。
4.関ヶ原の戦後処理: 本日の時点では大河ドラマ「どうする家康」の終わりはわからないが、大阪夏の陣まで描かないかもしれないと前置きされて、講義は関ヶ原の所で終わりました。
家康にとって関ヶ原の戦い自体も大きな節目ですが、9月15日の合戦勝利以降、美濃国・近江国や機内の混乱防止のため、乱暴狼藉を禁止する多くの禁制を発出し、9月20日からは大津城で6泊して捕縛した石田三成と面会等、戦後処理を行い、家康は天下掌握への道を歩んでゆきました。 以上

文責 岡島 敏広
2023年08月08日
2023年8月8日まちづくり講座
『街づくり講座』

今回は7月25日の授業の時に提出した、各自の提出したアンケートに書かれた事に対する説明、コメントから入りました。予想以上に時間がかかり、ほぼ午前中いっぱいかかりました。
午後は「まちづくり講座」での主テーマの一つである、実際にまちづくりを行うにあたって、取り組みたいこと、理由、必要事項、何ができるかを約20分で記入、各自発表しました。
発表に対し各々先生からコメント、質問がありました。

次いで、まちづくりに取り込む事業計画の提案を行うためのグループ分けを行い、7つのグループができました。 今回休まれた方は、次回その中にあるキーワードを選んで、そのグループに入ることになりました。
そのキーワードは
①子供
②健康
③仲間づくり
④新興住宅地
⑤合意形成(マネージメント)
⑥歴史文化
⑦古着
次回が最終の選択講座の授業となります。
森川先生
今回は7月25日の授業の時に提出した、各自の提出したアンケートに書かれた事に対する説明、コメントから入りました。予想以上に時間がかかり、ほぼ午前中いっぱいかかりました。
午後は「まちづくり講座」での主テーマの一つである、実際にまちづくりを行うにあたって、取り組みたいこと、理由、必要事項、何ができるかを約20分で記入、各自発表しました。
発表に対し各々先生からコメント、質問がありました。
次いで、まちづくりに取り込む事業計画の提案を行うためのグループ分けを行い、7つのグループができました。 今回休まれた方は、次回その中にあるキーワードを選んで、そのグループに入ることになりました。
そのキーワードは
①子供
②健康
③仲間づくり
④新興住宅地
⑤合意形成(マネージメント)
⑥歴史文化
⑦古着
次回が最終の選択講座の授業となります。
文責 山本 眞
2023年08月06日
2023年8月4日「まちづくり活動講座II」、「排尿サポーター育成講座」
「まちづくり活動講座II」

自己紹介から始まり、イギリスの童話エリザ・トリンビー作「プラムおじさんの楽園」の大筋を紹介。
きれいではないタウンハウスに住む退職した①プラムおじさんが自宅の庭をお花畑にし、教会も花で飾った。 ②隣人のトムさんがタウンハウスの住民に呼びかけ、各戸の庭をお花畑に。 ③さらにナショナルトラストにし、お花畑で採れた花、ジャム等をお土産にして販売。 ④これが有名になり観光地にまで発展。
次いで①~④どのステージこのステージ(人)一番大事と感じたかとの問いがあり、②、①の順で挙手の数が多かった。 どれを外しても最終的に観光地にはならないので、どれも正解とのこと。
後半は先生が実際に携わったまちづくりの活動について紹介しました。
家庭にあるモノクロの写真を集めて展示、近昔の歴史、まちの形の再発見。
彦根の足軽屋敷に活用と防災まちづくり
等々
また、近所付き合い、社会活動についての意識先進各国との比較を紹介されました。
午後
「排尿サポーター育成講座」

おしっこの基礎知識では、メカニズム・お困りごとについて紹介。
困りごとの対ケア方法では予防(我慢できる)ための骨盤底筋群体操をみんなで行い、治せるものは医院で治し、治らないまでも改善、改善できなくても、できるだけ気持ちよくで、おむつ、パッド、尿器の紹介がありました。
また、実際にバッド、おむつを配り、おむつをする実習も行いました。

正しくおむつを着けると、思いのほか動きやすいことがわかりました。 また、大きなおむつは安くはないので、二重にして内側の小さなおむつ、パッドのみを交換することも紹介されました。
最後に介護用品でもあるポータブルトイレ3種の紹介がありました。
おむつのお世話になるのはできるだけ短くしたいと強く思った次第。
住みよいまち&絆研究所 奥野先生
自己紹介から始まり、イギリスの童話エリザ・トリンビー作「プラムおじさんの楽園」の大筋を紹介。
きれいではないタウンハウスに住む退職した①プラムおじさんが自宅の庭をお花畑にし、教会も花で飾った。 ②隣人のトムさんがタウンハウスの住民に呼びかけ、各戸の庭をお花畑に。 ③さらにナショナルトラストにし、お花畑で採れた花、ジャム等をお土産にして販売。 ④これが有名になり観光地にまで発展。
次いで①~④どのステージこのステージ(人)一番大事と感じたかとの問いがあり、②、①の順で挙手の数が多かった。 どれを外しても最終的に観光地にはならないので、どれも正解とのこと。
後半は先生が実際に携わったまちづくりの活動について紹介しました。
家庭にあるモノクロの写真を集めて展示、近昔の歴史、まちの形の再発見。
彦根の足軽屋敷に活用と防災まちづくり
等々
また、近所付き合い、社会活動についての意識先進各国との比較を紹介されました。
午後
「排尿サポーター育成講座」
とみた腎泌尿器科クリニック 松本先生
おしっこの基礎知識では、メカニズム・お困りごとについて紹介。
困りごとの対ケア方法では予防(我慢できる)ための骨盤底筋群体操をみんなで行い、治せるものは医院で治し、治らないまでも改善、改善できなくても、できるだけ気持ちよくで、おむつ、パッド、尿器の紹介がありました。
また、実際にバッド、おむつを配り、おむつをする実習も行いました。
正しくおむつを着けると、思いのほか動きやすいことがわかりました。 また、大きなおむつは安くはないので、二重にして内側の小さなおむつ、パッドのみを交換することも紹介されました。
最後に介護用品でもあるポータブルトイレ3種の紹介がありました。
おむつのお世話になるのはできるだけ短くしたいと強く思った次第。
文責 山本 眞